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「情報の科学と技術」寄稿記事:読書バリアフリー法の課題

2025-07-16 13:43:06  その他

本記事は、一般社団法人 情報科学技術協会の『情報の科学と技術』74 巻 10号(2024)の「特集:あらゆる人々に情報を届けるために」に掲載された出版物テキストを再掲しています。

読書バリアフリー法の課題
Challenges to be tackled by the Reading Barrier-Free Act

河村 宏
KAWAMURA Hiroshi

特定非営利活動法人支援技術開発機構
NPO Assistive Technology Development Organization


この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。

https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja


著者抄録

読書バリアフリー法の当初の目的と,同法施行後5年間を経た現在の到達点を踏まえて,「すべての人が読み書きできる世界」(我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ)を2030年までに日本で達成するために必要な取り組みを検討する。特に読書バリアフリー法第12条に着目して,日本におけるアクセシブルな電子書籍とアクセシブルな電子図書館サービスの開発と普及のための留意点を明らかにする。

Author Abstract

Considering the initial objectives of the Reading Barrier-Free Act and the achievements reached five years after its enforcement, the author will examine the necessary initiatives to achieve the “A world with universal literacy” (Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development) in Japan by 2030. Focusing particularly on Article 12 of the Act, the author will clarify the points to consider for the development and dissemination of accessible e-books and accessible digital library services in Japan.

キーワード: 読書バリアフリー法,SDGs,著作権法,CDL,DAISY,EPUB,LCP

Keywords:  Reading Barrier-Free Act / SDGs / Copyright Law / Controlled Digital Lending / DAISY / EPUB / Licensed Content Protection

1.読書バリアフリー法

「読書バリアフリー法」の正式名称は「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」であり,その目的は,同法第1条に下記のように記されている。(以下の文章中の下線はすべて筆者が加えたものである。)

 「この法律は,視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関し,基本理念を定め,並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに,基本計画の策定その他の視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する施策の基本となる事項を定めること等により,視覚障害者等の読書環境の整備を総合的かつ計画的に推進し,もって障害の有無にかかわらず全ての国民が等しく読書を通じて文字・活字文化(中略)の恵沢を享受することができる社会の実現に寄与することを目的とする。」

読書バリアフリー法第1条が引用する「文字・活字文化振興法」は,以下の目的を掲げる。

 「この法律は,文字・活字文化が,人類が長い歴史の中で蓄積してきた知識及び知恵の継承及び向上,豊かな人間性の涵かん養並びに健全な民主主義の発達に欠くことのできないものであることにかんがみ,文字・活字文化の振興に関する基本理念を定め,並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに,文字・活字文化の振興に関する必要な事項を定めることにより,我が国における文字・活字文化の振興に関する施策の総合的な推進を図り,もって知的で心豊かな国民生活及び活力ある社会の実現に寄与することを目的とする。」

「文字・活字文化振興法」は,文字・活字文化がすべての国民にとって欠くことのできないものであることを前提にしているので特に受益者を定めていない。それに対して読書バリアフリー法は,これまで読書機会において大きな格差がついている「視覚障害者等」の読書環境の整備を集中的にはかることによる格差の是正をめざしている。

文部科学省(以下文科省と記す)と厚生労働省が発行する読書バリアフリー法の「啓発リーフレット」 1)は,同法を「障害の有無に関わらず,すべての人が読書による文字・活字文化の恩恵を受けられるようにするための法律」と紹介している。

他方,全国の図書館は,2010年施行の著作権法37条の大改正以来,「図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」 2)(以下,「ガイドライン」)によって,視覚障害をはじめ,聴覚障害,モビリティ障害,ALS,精神障害,学習障害,紙アレルギー等の,読書における障壁をかかえるすべての障害者を含む著作権法37条3項の「視覚障害者等」の範囲を定めている 3)

読書バリアフリー法が定義する「視覚障害者等」と,この「ガイドライン」が定める「視覚障害者等」との間には差異があり,既に進めてきている「障害者サービス」と「読書バリアフリー計画」との微妙な調整を必要としている。

読書において何がバリアになるかは,人ごとに,また状況に応じて大きく異なる。例えば,見えない,見えにくい,読んでいるとすぐ疲れる,見えるけれどもわかりにくい,集中できない,本を持つことや頁をめくるのが難しい等々,障害に起因するバリアも多いが,そうでない深刻な読書バリアもある。

手話を第一言語とする人々の読書バリアフリーに関して,マラケシュ条約の批准について審議した文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会において,障害者放送協議会は,ALS患者を含む広範な障害者の読書ニーズを述べると共に,同協議会がマラケシュ条約外交会議に際して当時の安倍首相に宛てた以下の内容の要望書 4)を提出している。

 「外交会議においては,視覚障害者と共に両手で本が持てない人やディスレクシア等の読書に障害がある人々を受益者とする条約案の検討が行われていますが,手話を必要とするろう者が実態として読書に障害があるという事実の認識が明確ではありません。そこで,19の障害者団体で構成する当協議会は,日本政府の交渉団に,同条約の受益者から手話を必要とする人々が排除されないように特段の配慮を持って,同条約が真に国際的な共生社会構築に資するものとなるために奮闘されますよう強く要請いたします。」   

読書バリアフリー法第18条によって設けられている関係者協議会に,盲ろう者団体を含む聴覚障害関係団体は含まれていない 5)。すべての障害者の読書バリアフリーをスコープに収めることは,読書バリアフリー法が大きなインパクトを持つための大前提であるので,関係者協議会委員の補充は急務である。

視覚による読書ができて,PCやスマホを自由に扱える障害者には,紙の本と電子書籍とが同時に発行されるだけでも大きなバリアフリーの前進になり,電子書籍が図書館の電子図書館サービスの蔵書になれば本を借りるための移動も必要なくなる。また電子書籍化は出版社の義務となっている合理的配慮としてのデジタルデータの提供を円滑に進めるためにも有益である。

しかしながら,これまで紙の本に親しんできたデジタル技術にうとい人にとっては,紙の本が電子書籍に代わってしまうとすれば,これはまさにデジタル・ディバイドの危機である。ニューキャッスルの公共図書館の様子が見られるカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞(2016年)した「わたしはダニエル・ブレイク」が活写したデジタル時代の機能的非識字者の問題は深刻である。

現状の読書バリアフリー法は,視覚障害者等の読書環境の整備を総合的かつ計画的に推進するための法律であるが,その目的を達成するためには,SDGsの達成をはじめとする様々な共生社会を目指す活動との連携が必要であり,特に情報アクセシビリティとデジタルネットワーク社会における図書館サービスに関するグローバルな視点を持った取り組みが必須である。

2.教科書バリアフリー法および著作権法の改正経緯

2024年7月19日に改正法が施行された「教科書バリアフリー法」(正式名称「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」)は,従来障害がある児童生徒のみが使用するために著作権を制限してボランティアが製作し,日本障害者リハビリテーション協会が文科省の委託によって提供してきたデイジー教科書等の教科用特定図書等について,「障害のある児童生徒及び日本語に通じない児童生徒の両者の学習の用に供する」 6)ことができるようになった。これによって,著作権法第33条,86条,102条のそれぞれ一部が改正された。なお,学校教育法については,既に2019年4月1日施行の改正で,同法34条3項を「視覚障害,発達障害その他の文部科学大臣の定める事由により教科用図書を使用して学習することが困難な児童」と改正し,学校教育法施行規則第56条の五の3の「学校教育法第三十四条第三項に規定する文部科学大臣の定める事由」に「日本語に通じないこと」を加えている。この学校教育法の国会審議における改正理由の説明の際には,文科省の職員が,デイジー教科書の場合を例にして,どのように日本語に通じない児童生徒の学習の障壁を下げる効果があるかを議員に説明している。

この教科書バリアフリー法の改正理由は,先に引用した通知で「近年,外国人児童生徒等(日本語指導が必要な外国籍・日本国籍の児童生徒)は増加しており,障害のある児童及び生徒のために作成されている教科用特定図書等が,教科用図書の使用に困難を有する日本語に通じない児童及び生徒にとっても有用であること等に鑑み,これらの者が教科用特定図書等を使用して学習することができることとなるよう,必要な改正を行う」とされる。

これにより,順調に対象者の登録が進めば,現在約25000人の障害がある児童生徒が活用しているデイジー教科書の利用者は倍増するものと思われる。

ところで,このデイジー教科書は,先駆的な視覚障害者のためのデイジー録音図書製作活動を進めていた名古屋市のボランティア・グループである特定非営利活動法人デジタル編集協議会ひなぎくが,DAISY2.02仕様のマルチメディアで学習障害がある利用者のために2003年に初めて提供して以来,ボランティアが苦労を重ねながら全国的にネットワークを組んで製作を進め,ディスレクシアを中心とする学習障害の児童生徒の中で着実に利用者を増やしてきたものである。

家族にディスレクシアの児童がいる人々を含むデイジー教科書製作ボランティアは,全国的なネットワークを組み,製作分担をして,紙の教科書をスキャンしてデータを作り,それをDAISY仕様に加工していた。ディスレクシアを中心とする学習障害の子供たちの人権侵害状況を見かねたデイジー教科書製作ボランティアは,著作権法違反に問われるリスクは承知の上で,緊急避難措置としてデイジー教科書を製作し,必要とする児童には必ず1冊を追加で購入することを条件に複製物を提供しつつ,障害者放送協議会を通じて文化庁と文化審議会に著作権法の改正を粘り強く訴え続けた。

教科書データの入手は,2008年9月17日に施行された教科書バリアフリー法により,文科省を介して教科書出版社から提供されるPDFデータを利用できるようになったが,著作権法の改正は,2007年に文化審議会の改正に向けた結論を得たものの,改正法の施行は2010年1月1日までずれ込んだ。

著作権法改正の審議過程では,デイジー教科書の必要性と有効性が確認され,ボランティアが製作した教科書を,全国の同じ教科書を利用する障害児に公衆送信で提供することも可能にする画期的な著作権法改正が実現した。

この障害者の読書バリアフリーに関する著作権法の歴史的な大改正の経過を,国立国会図書館の鈴木友紀は,以下のように述べている 7)

 「改正案では,「障害者の権利に関する条約」を踏まえ,障害者も健常者と同様に多様な情報へのアクセスが可能となる社会を目指し,著作権法とそれに基づく政令を抜本的に見直すこととしている。具体的には,現行制度では,点字図書館や財団法人日本障害者リハビリテーション協会など一部の者に限定されていた主体が,政令改正により公共図書館などにまで拡大される。また,点字図書館等が行える行為は,現在,録音図書の作成や放送番組のリアルタイム字幕の作成・送信など非常に限られているが,改正案により,音声のみではなくテキストや画像と連動したデジタル録音図書(マルチメディアDAISY図書)の作成や,映画・放送番組への字幕や手話の付与など,個々の障害に応じた幅広い行為が可能となる。さらに,対象者も大幅に拡大され,現在,視覚障害者と聴覚障害者のみであったものを,改正案では,視覚や聴覚による「表現の認識に障害がある者」にまで拡大することとしている。これにより,発達障害,上肢障害,高齢など様々な理由によって文字を読んだり,音声を聞いたりすることが困難であった者が,それぞれの障害にあった方式の著作物を入手できるようになる。」

鈴木はさらに続けて,「分科会の下に設置された小委員会の主査を務めた中山信弘東京大学名誉教授は,「身体的弱者が健常者に近いレベルで享受できるようにすることは,社会全体の最低限の義務であり,かりそめにも著作権法がその妨害となるようなことがあってはならない」とその著書で記している」と述べ,中山名誉教授のこの考え方が反映した議論が小委員会で行われたことを示唆している。

多様な障害者団体が構成する障害者放送協議会と文化庁著作権課および著作権審議会との間で1999年以来重ねられた建設的対話を通じて,多様な障害者の要求に応える抜本的な著作権法改正がこの時に実現したのである 8)

障害者団体が足並みを揃えて立法を担当する文化庁著作権課及び文化審議会と真摯な対話を重ね 9),度重なる公開セミナーとシンポジウムで国会議員も含む幅広い合意形成を行い,日本政府による障害者権利条約の批准以前に,同条約第30条が規定する「著作権が障害者の情報アクセスを阻害してはならない」という考え方を積極的に取り入れた大胆な著作権法改正がなされたことの意義は大きい。デジタル技術の急速な進展の中で,全国の図書館の障害者サービスの2010年以後の充実には目を見張るものがあり,特にネットワークを活用してデジタル・コンテンツを提供するサピエ図書館,デイジー教科書ネットワーク,および国立国会図書館の障害者向けオンラインサービスの充実は,著作権法第37条大改正の成果と言っても過言ではない。

また,2010年施行の改正著作権法37条の受益者は,37条3項に便宜上「視覚障害者等」という言葉があるが,実務的には極めて幅広いものとして理解されている 10)ことは既に述べた。

3.読書バリアフリー法第12条と国の責務

出版者がデイジー教科書と同等の機能を持つアクセシブルなEPUB出版物を発行すれば,日本語に通じない人の読書バリアを下げる「読み上げ」や必要に応じた「ルビ振り」および「分かち書き」も可能である。

デイジー教科書に使われている文書のアクセシビリティに資する技術は,電子書籍の国際標準規格であるEPUBに移植されており,世界中の誰でも使えるオープンスタンダードになっている。障害がある人々と日本語に通じない人々とを含む読者に向けたアクセシブルな電子書籍であれば,従来のアクセシブルでない電子書籍よりも大きな市場を獲得できる可能性がある。

このアクセシブルな電子書籍について,読書バリアフリー法第12条は,次のように国の責務を規定する。

 「国は,視覚障害者等が利用しやすい電子書籍等の販売等が促進されるよう,技術の進歩を適切に反映した規格等の普及の促進,著作権者と出版者との契約に関する情報提供その他の必要な施策を講ずるものとする。」

この国の責務を実施するためには,「欧州アクセシビリティ法」(European Accessibility Act)と米国の「障害を持つアメリカ人法」(Americans with Disabilities Act)を参考に,日本語に対応させた技術的な標準を定めて計画的に目的を達成するという戦略的な取り組みが必須である。情報アクセス権は,デジタル化とネットワーク化が急速に進む現代社会におけるもっとも重要な基本的人権の一つであり,国としてその基本的な人権を擁護する積極的な姿勢が求められる。

特に,個人の情報アクセスを支える各種図書館による情報の収集・組織化・利用者への提供,および,次世代への継承という伝統的な図書館の使命を果たすためのサービスが,電子書籍の時代になって,巨大オンラインプラットフォームを含む電子書店からの重大な挑戦に直面している。図書館がデジタルコンテンツの貸出管理のために開発した「制御されたデジタル貸出」(Controlled Digital Lending:以下CDLと略)とアクセシブルなデジタル著作権管理(Digital Rights Management:以下DRMと略)システムであるLicensed Content Protection(以下LCPと略)を採用しなければ,アクセシブルな電子書籍が出版されても,それを図書館が購入して貸し出す術は無い。大手電子書店が国際的に連携して図書館に電子書籍を販売せず,紙の書籍に比べて何倍もの値段のライセンス料を請求し,ライセンス契約の終了と同時に図書館には何も残らないという契約を世界中の図書館が強いられようとしている。この問題を打開するには,国を含めた様々なレベルでの国際的に連携した活動が必須である。

読書バリアフリー法第7条に規定する「基本計画」は,5年間の第1期を2025年3月に終了する。「図書館の本も,書店で販売される本も,一層利用しやすい形式」(「啓発リーフレット」)になるためには,国,図書館,著者・出版者,アクセシブルなITの開発者等の,壮大な国際的連係プレーが必要である。欧州と米国だけでなく,多くの国々でデジタルネットワーク時代の図書館の存亡をかけた取り組みが始まっており,2025年から始まる第2期「基本計画」が本腰を入れてこの問題に取り組まなければ,読書バリアフリー法は羊頭狗肉のそしりを招くことになる。

更に,読書バリアフリー法第11条と著作権法37条3項との関係では,非アクセシブルな電子書籍が出版されている場合に,図書館は37条3項によって技術的保護手段を回避してアクセシブルな電子書籍等を製作することに違法性は無いと解釈されることから,電子図書館サービス等で一般に利用に供しているアクセシブルでないデジタルコンテンツについて,障害がある利用者から「合理的配慮」としてアクセシブルな複製物を求められた場合に備えて,どのようにアクセスを保障するのかを準備しておかなければならない。すべての図書館は,障害者差別解消法による「合理的配慮」の提供義務を負っているので,この問題は利用者から求められる前に少なくとも検討しておく責任がある。

DRMを解除してアクセシブルな複製物を作成することは,先に述べたように著作権法37条によって著作権法上の違法性は無い。マラケシュ条約第7条は,「締約国は,効果的な技術的手段の回避を防ぐための適当な法的保護及び効果的な法的救済について定める場合には,受益者が当該法的保護によりこの条約に定める制限及び例外を享受することを妨げられないことを確保するため,必要に応じて適当な措置をとる」と,製作団体がDRMを解除して製作する場合には,そのための手段を保障すべきことまで規定しているのである。

実際,DRMを解除してアクセシブルな電子書籍を障害がある利用者に提供したり,出版者がDRMをかけていないデジタルデータを製作団体に提供することは,いくつかの国で既に行われているが,日本ではあまり例が無い。

もちろん日本でも障害者差別解消法は,合理的配慮の提供をすべての出版社と電子書店にも義務付けているので,この問題は図書館だけの責任で対処するのではなく,国と地方自治体も含めて,すべての関係者が障害者政策委員会とも連携して建設的対話の中で解決すべき問題である。

この建設的対話機会の設置は,読書バリアフリー法第12条推進の要とも言える国としての重要な責務であり,それぞれの関係者が,「障害の有無に関わらず,すべての人が読書による文字・活字文化の恩恵を受けられるようにするため」に具体的にどのように貢献するのかを鮮明にする絶好の機会である。

4.国際的な動向

読書のバリアを除去する活動は,情報アクセス技術のイノベーションと著作権法制による「著作権と情報アクセス権の調和」を両輪とする国際的な動きとして進められている。

日本は国際標準規格としてのDAISYが完成した1998年に世界で最も早く当時の厚生省の施策としてDAISY録音図書の全国的な普及に着手している。その後も,DAISY録音図書に関して世界の先頭を切って全国的な普及を続け,現在世界中で100万タイトル以上と推定されるWIPOのABC(Accessible Books Consortium)が所蔵する輸入可能な,印刷物障害(Print Disabilities)がある人々のために著作権を制限して作られたアクセシブルな電子出版物コレクションの形成に大きく貢献している。

マルチメディアのデイジー教科書と音声だけのDAISY録音図書は,どちらも2001年に完成したDAISY2.02という仕様に基づいて製作されてきた。間もなく4半世紀に達する長寿命のマルチメディア規格であるDAISYは,1996年に日本も中心的な役割を担って設立した国際非営利法人のDAISYコンソーシアム(以下DCと略)によって開発され,完全な電子書籍としての機能を持っていたが,商用の電子書籍では必要とされるDRMがDAISYのアクセシビリティを阻害したために,商業的な出版で広く採用されることはなかった。

現在商業的に出版されている電子書籍の国際標準規格はEPUBである。EPUB規格で作った電子書籍であれば,Kindleをはじめ,どの電子書店でも扱う。DCは今日のEPUBにつながる電子書籍の国際標準規格の開発に当初から参加した。障害者にアクセシブルな代替出版物を作って提供するだけでは,いつまで経っても障害者は周回遅れの情報を手にするだけなので,電子書籍をアクセシブルにして著作物のアクセスの問題を根本的かつ持続的に解決するための戦略を立てたのである。

幸いDCは最も優秀でモチベーションの高い開発者たちに恵まれた。インターネットの開発と普及を推し進めたW3C(World Wide Web Consortium)のWAI(Web Accessibility Initiative)は,デジタル・ディバイドを防ぎ,デジタル・アクセシビリティを推進するためにWCAG(Web Contents Accessibility Guidelines)を開発し,DCは,ネットにつながなくてもいつでもどこでも読める電子書籍であるDAISYのアクセシビリティの改良にWCAGを活用した。

筆者は,当時研究者として奉職した国立障害者リハビリテーションセンター研究所を拠点にしてDCおよびW3Cと協働して,デジタル・ディバイドの解決を目指した国連の世界情報社会サミット(WSIS:World Summit on the Information Society 2003-2005,以下WSISと略)の障害者コーカスを結成し,そのフォーカルポイントをつとめた。障害者コーカスは,「人々が直面するデジタル技術がもたらす障壁を一つ一つ取り除いてバリアフリー化を進めるプロセスを内包したユニバーサルデザインの原則に基づくデジタル技術の開発がデジタル・ディバイド解消の鍵である」という同サミットの成果文書に採用された提言を行って,ユニバーサルデザイン原則に基づくICTの開発と障害者権利条約の促進の二つの面で貢献した。

デジタル技術を活用して今まで解決できなかったアクセシビリティの問題を解決する時にデジタル・アクセシビリティという言葉が使われる。紙の本では読むことができない視覚障害者がDAISYのような電子書籍であれば出版物を活用して社会で活躍できるのは,デジタル・アクセシビリティの活用の典型例である。当初は点字離れが起きるということでDAISYに反対した視覚障害者もいたが,カセットテープと違って,読みたいところを自由に選んで読めるDAISYを使った人からは点字のように読める便利な録音図書だという評価が寄せられ,次いで,マルチメディアDAISY図書であれば,耳で聞きながら指で点字で綴りを確認できるという評価になった。カラオケのように肉声を聞きながら文字を表示できるDAISYは,アメリカ先住民族の学校で教材に使われ,世界中の視覚障害者とディスレクシアの子供たちの人生を変え,北海道浦河町の街で暮らす重度精神障害の人々の津波避難マニュアルとして安心・安全の支えとなっている。

情報のアクセシビリティが一人一人の生活に決定的な重みをもつインターネットとデジタル技術の時代に生まれた唯一の国際人権条約である障害者権利条約には,他の人権条約には無い大きな特徴がある。それはアクセスの機会均等とユニバーサルデザイン原則によるデジタル・ディバイドの解決である。アクセスの機会均等を目的としてユニバーサルデザイン原則に沿って開発するディジタル・アクセシビリティには,障害のある人も無い人も共に裨益する大きなチャンスがある。

DCの開発チームは現在EPUB関係の開発に従事し,EPUB Accessibility,EPUBCheckとEPUBのアクセシビリティを検査するツールであるACE等,DCの開発チームが貢献しているEPUB製作ツールは多い。

DCスタッフも関与して開発を進めてきた図書館の貸出管理ができるアクセシブルなDRMであるReadium LCPは,米国連邦政府が推奨するAES256方式の暗号化アルゴリズムを用いており,アクセシブルな電子書籍の流通ニーズに応える。Readium LCPは,障害者権利条約批准国とADAのある米国の出版社と図書館の両方に必須であるため,2025年6月の欧州アクセシビリティ法の施行を契機に,急速に普及するものと思われる。

他方,図書館がデジタル資料も含めて資料を収集し,提供し,保存して次の世代に引き継ぐために不可欠のCDLをめぐって,大手出版社および一部の著作者からの強い反対の動きがあり,CDLの相互接続性を確保するための米国NISOの作業が停滞していることが懸念される。CDLの普及は,図書館がディジタル・アクセシビリティを活用できるか否かに関わる重要問題である。

5.日本で読書バリアフリーを進めるために

2024年4月9日に,日本文藝家協会,日本推理作家協会,日本ペンクラブの三団体が,「読書バリアフリーに関する三団体共同声明 ― すべての人に表現を届けるために,そして誰もが自由に表現できるように」を発表し,「私たちは表現にたずさわる者として,「読書バリアフリー法」(視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律,2019年6月施行),改正「障害者差別解消法」(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律,2024年4月施行),「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」(障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律,2022年5月施行)に賛同の意を表します。私たちは出版界,図書館界とも歩調をあわせ読書環境整備施策の推進に協力を惜しみません。」という力強い声明を発表した。また,同年6月27日には,日本書籍出版協会,日本雑誌協会,デジタル出版者連盟,日本出版者協議会,版元ドットコムの「読書バリアフリーに関する出版5団体共同声明」がこれに続き,「著作者の方々のお考えに寄り添い,その権利が損なわれないように十分に配慮しつつ,あらゆる読者の利便性を高め,長く未来に向けてバリアフリーな環境のもと出版文化をさらに発展させていくための努力」を約束した。

この二つの声明の後の8月23日に,文科,厚労,経産の各省の連名で,「出版者からの電磁的記録の提供について(読書バリアフリー法第11条,第12条関係)」という2点にわたる事務連絡 11)が出版者に発出された。

第1点の「特定書籍及び特定電子書籍等の製作の支援」は,図書館等がDAISY等のアクセシブルな図書を利用者に提供する際にはデジタルデータを提供して欲しいという要請である。第2点の「視覚障害者等が利用しやすい電子書籍等の販売等の促進等」は,読書バリアフリー法第12条の本来の趣旨であるアクセシブルな電子書籍の販売を促進するために行うべき国の措置にふれることなく,紙の本を購入した障害者が出版社にデジタルデータの提供を求めてきた場合,もしそれが過重な負担であれば提供する義務は無い,という改正障害者差別解消法で新しく出版社に対しても義務化された合理的配慮提供義務の免除理由を伝えるものである。

よく考えると,デジタルデータの提供が過重な負担となる出版社は,DAISY等の製作にデジタルデータを提供する能力は無いということになることに気づく。

経済産業省の委託調査 12)によると,「電子書籍の出版を増やすことの課題」について,「課題は無い」と回答している出版社は,調査対象全体の9.4%,従業員100人以上の出版者でも25%に過ぎない。逆に言えば,出版社全体の90%以上が電子書籍の出版を増やすことに課題を抱えていることになる。この出版側が抱えている課題を一つ一つ積極的に解決して,アクセシブルな電子出版を次の5年間で実現することこそが読書バリアフリーを戦略的に実現するための中心課題である。

2019年の読書バリアフリー法の施行から5年が経ち,同法をめぐり二つの関連団体からの声明が出た直後のタイミングで,文科・厚労・経産の三省は,「特定書籍及び特定電子書籍等の製作を行う者(以下「特定書籍等製作者」という。)に対する,出版者からの書籍に係る電磁的記録(PDFやテキストデータ等)の提供」を,2030年までの第2期基本計画の目標として提案している。

これでは,視覚障害者等だけがアクセスできる資料がボランティアの努力に依拠してより円滑に製作されることはあっても,読書バリアフリー法が「障害の有無に関わらず,すべての人が読書による文字・活字文化の恩恵を受けられるようにするための法律です」と約束し,障害者差別解消法がすべての事業者に求める持続的な差別の解消を担保する環境整備にはならない。

デジタル・アクセシビリティの開発において,これまで日本は国際的に大きな貢献をしてきている。第12条を具体的に進めるために,実際にデジタル・アクセシビリティの国際的な開発に関与している鍵となる専門家をコーディネートして研究開発チームを結成し,必要な開発を行えば,次の5年間の基本計画の中で,第12条の実施を軸にして,「障害の有無に関わらず,すべての人が読書による文字・活字文化の恩恵を受けられるようにする」ことを日本で実現する可能性は十分にあると信ずる。

注・参照文献

01) “誰もが読書をできる社会を目指して~読書のカタチを選べる「読書バリアフリー法」~”.文部科学省・厚生労働省.
https://www.mext.go.jp/content/20210331-mxt_chisui02-000013684_01.pdf, (参照2024-09-16).

02) https://www.jla.or.jp/library/gudeline/tabid/865/Default.aspx, (参照2024-09-16).

03) 1970年代から活発に活動してきた日本図書館協会障害者サービス委員会の場合,「身体に障害のある人たちをはじめ,入院患者・自宅療養者・高齢者・在日外国の人たち等」の「図書館利用に障害のある人たち」を対象として,図書館側にある障壁の除去に取り組んできている。https://www.jla.or.jp/portals/0/html/lsh/index.html, (参照2024-09-16).

04) 障害者放送協議会.“世界知的所有権機関外交会議(2013年6月17-28日)に関する要望書”.文化庁.2013-06-24.https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoki/h26_02/pdf/shiryo_2-1.pdf, (参照2024-09-16).

05) https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/043/meibo/mext_00002.html, (参照2024-09-16).

06) “障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律の一部を改正する法律の公布について(通知)”.文部科学省.2024-06-19.https://www.mext.go.jp/content/20240625-mxt_kyokasyo01-000036571_1.pdf, (参照2024-09-16).

07) 鈴木友紀.著作権法の一部を改正する法律案~「デジタル・ネット時代」への対応と今後の課題~.立法と調査.2009,No.291,p.24-31.https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2009pdf/20090401024.pdf, (参照2024-09-16).

08) “障害者放送協議会 著作権委員会の活動”.障害者放送協議会.https://housou-hp.normanet.ne.jp/copyright/index.html, (参照2024-09-16).

09) この長期間続いた多岐にわたる対話に,筆者は研究職の国家公務員であった時期も含めて障害者の社会参加を進める研究者という立場で常に障害者側からこれに参加する機会を得たが,著作権課長あるいは文化庁次長として著作権法第37条改正に関する立法業務を担当した吉田大輔氏をはじめとする文化庁担当職員諸氏の時に不眠不休の努力があったと記憶する。

10) 文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会 中間まとめ 平成29年2月 p.111-112.https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/h2902_chukanmatome.pdf, (参照2024-09-16).

11) “出版者からの電磁的記録の提供について(読書バリアフリー法第11条,第12条関係)”.文部科学省.https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/downloadfiles/dokubari-jimurenraku.pdf, (参照2024-09-16).

12) “読書バリアフリー環境に向けた電子書籍市場の拡大等に関する調査報告書”経済産業省.2024-03.https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/downloadfiles/report/dokubarireport2024.pdf, (参照2024-09-16).


河村宏.読書バリアフリー法の課題.情報の科学と技術.2024,vol. 74,no. 10,p. 400-405. https://doi.org/10.18919/jkg.74.10_400 

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