「情報の科学と技術」寄稿記事:すべての人の読書を支えるアクセシブルな資料
2025-07-16 14:38:41 その他
本記事は、一般社団法人 情報科学技術協会の『情報の科学と技術』74 巻 10号(2024)の「特集:あらゆる人々に情報を届けるために」に掲載された出版物テキストを再掲しています。
すべての人の読書を支えるアクセシブルな資料
Accessible materials that support reading for everyone
野村 美佐子
NOMURA Misako
特定非営利活動法人支援技術開発機構
NPO Assistive Technology Development Organization
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https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
著者抄録
国連障害者権利条約を基礎とする「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)と「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」(読書バリアフリー法)によって障害者が等しく読書の機会を享受することが改めて法律で保障された。図書館におけるアクセシブルな情報と資料の提供は,必要な知識へのアクセスを保証するために必須のサービスである。日本の著作権法第37条等による著作権の制限によって提供されているDAISY等のアクセシブルな代替資料が,利用者にとってどのように有効であるかについて論じる。また,コロナ禍で重要性を増した電子書籍の有効性と,DAISYのすべての機能の移転を完了したアクセシブルなEPUB規格の電子書籍の可能性についても言及する。
Author Abstract
The Law on the Promotion of Elimination of Discrimination on the Basis of Disability and the Law on the Promotion of the Reading Environment for the Visually Impaired and Others, based on the UN CRPD, once again guarantee that persons with disabilities enjoy equal access to reading opportunities. The provision of accessible information and materials in libraries is an essential service to ensure access to necessary knowledge. This paper discusses how accessible alternative materials such as DAISY, which are provided through copyright restrictions under Article 37 of the Japanese Copyright Act and beyond, can be effective for users. It also discusses the effectiveness of e-books, which have become increasingly important after the Corona disaster, and the potential of accessible e-books based on the EPUB standard, which fully incorporates DAISY’s accessible features.
キーワード: 読書バリアフリー法,図書館,アクセシブルな資料,電子書籍,DAISY/EPUB
Keywords: Reading Barrier-Free Act / libraries / accessible materials / e-books / DAISY/EPUB
1.はじめに
国連障害者権利条約(UN Convention on the Rights of Persons with Disabilities)を基礎とする差別の解消の推進に関する法律,そして,視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(読書バリアフリー法)により,障害の有無にかかわらず,等しく社会参加,および文化を享受することが法的に保障されている。特に図書館におけるアクセシブルな情報と資料の提供は,必要な知識へのアクセスを保証する上で必須のサービスである。本稿では,日本の著作権法第37条や世界知的所有権機関(WIPO)のマラケシュ条約による著作権の一部制限によって,どのようなアクセシブルな資料が提供され,それが利用者にとってどのように有効であるかについて,その概要を紹介する。
アクセシブルな資料は,図書館が提供する障害者サービス資料や読書バリアフリー図書とも言われているが,ここでは,あえてアクセシブルな資料として記述する。また,資料によっては,障害があるなしに関わらず有効であることにも留意する。アクセシビリティに配慮することで誰もが活用できるユニバーサルデザインの資料にもなり得るので,その観点からも論じる。
また,アクセシブルな電子書籍として注目を集めているDAISY(Digital Accessible information System) 1)規格の電子書籍とアクセシブルなEPUB規格の電子書籍については,一括してDAISY/EPUBと標記して論ずる。
2.アクセシブルな資料の法律における位置づけ
読書バリアフリー法の第3条で以下のようなことが規定されている。
- アクセシブルな電子書籍等(デイジー図書・音声読上げ対応の電子書籍・オーディオブック等)が視覚障 害者等の利便性の向上に著しく資することに鑑み,その普及が図られるとともに,視覚障害者等の需要を踏まえ,引き続き,アクセシブルな書籍(点字図書・拡大図書等)が提供されること
- アクセシブルな書籍・電子書籍等の量的拡充・質の向上が図られること
- 視覚障害者等の障害の種類・程度に応じた配慮がなされること 2)
アクセシブルな資料作成においては,著作権と障害者の読む権利との対立を調整するために著作権法は,2009年に改正され,2010年に施行された。具体的には,著作権法第37条3項により,学校図書館・公共図書館において,視覚障害や発達障害等で著作物を視覚的に認識できない者のために音声,あるいは電子化等の複製と公衆送信が著作権者に無許諾で可能となった。さらにこの改正に付随して著作権法第47条の6により,翻訳,変形または,翻案の利用が認められ,外国語の翻訳,布の絵本やさわる絵本など媒体の変形,文章をわかりやすくリライトする翻案などが可能となったことがアクセシブルな資料作成と普及に大きく影響している。
また,上記法改正をどのように解釈して図書館が運用するかについて,日本図書館協会などの図書館関係団体は,著作権者等の団体と話し合いを行い,2010年2月に「図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」を策定した。なお,本ガイドラインは,2019年11月に一部改訂をしている。出版者との連携は,とても重要で,図書館の障害者などへのアクセシブルな資料提供を充実させてくれる。
今後,欧州指令(EU Directive)として2025年の4月から実施される欧州アクセシビリティ法(European Accessibility Act)により,アクセシブルな出版を実現する電子書籍とその流通のアクセシビリティの確保がヨーロッパ諸国では法律で担保されることとなる 3)。欧州アクセシビリティ法は,アクセシブルな電子書籍の法的な位置づけを明確にしている点で参考になる。
3.アクセシブルな資料とは
通常の印刷された資料が読めない,読みにくい人に提供できるアクセシブルな資料とはどういうものをいうのだろうか?
障害の特性に応じて,一般の図書や資料の代わりに作成した点字や大活字,音声による資料,布などに媒体を変えた資料,やさしく書き直しをした代替版となる資料がある。その代替版が,読み上げだけでは不十分な場合は,音声解説を含めている資料もある。
また,視覚障害者等へのアクセシブルな資料だけでなく,聴覚障害者を対象にした映像に字幕や手話を付けたアクセシブルな資料,知的障害者など原本の理解が難しい人向けにわかりやすく書き直したアクセシブルな資料もある。
以下,アクセシブルな資料を具体的に紹介していく。
4.大活字図書
大活字図書は,視力が弱い人や高齢で文字が読みにくくなった弱視者に向け,文字の大きさや行間を調節した図書である。一般的な図書の文字の大きさは9~10ポイント程度を使用しているが,大活字図書では12~22ポイントの文字を使用する。大活字図書は点字図書館の他,障害者サービスを提供する公共図書館等でも所蔵している。
電子化した資料は文字の拡大を必要とするニーズに即座にあわせることができ,白黒反転やカラーコントラストの選択も可能である。また,持ち運びの面でも利便性が期待できる。
5.点字図書および点字雑誌
点字とは指で読める文字である。点字に対して,目で読む一般的な文字を「墨字」という。墨字を目で読むことができない視覚障害者にとって点字は非常に重要な文字である。
点字図書や点字雑誌の点字データがあれば,点字ディスプレイ 注1)を使って読むことができる。最近では,軽量でスリムな持ち運びに便利な点字ディスプレイでアクセシブルな資料を点字で読めるようになっている。
しかし,中途失明者は点字の習得が難しいため,点字よりも音訳資料やスクリーンリーダーによる読書を好む。また,市販のオーディオブックも増えてきている。
6.布の絵本,さわる絵本
障害児に「発達と文化を享受する権利がある」という信念のもと,1975年からふきのとう文庫の活動が始まった。
布の絵本は,材料に様々な素材(布,フェルト,ひも,スナップ,ファスナー,マジックテープ,ボタン)を用いて作られている。お話を楽しむとともに遊びながら,はずす,はめるなど,手や指を使うさまざまな感覚を養えるので,遊具や教具として活用できる。障害をもつ子どもたちにとって,有効な資料であるだけでなく,0歳からすべての子どもの発達に有効であり,親の子育ての手助けとなる。布の絵本の多くが,ボランティアの手作りである。これらの布の絵本を通してぬくもりを感じ「権利,環境,平和」などについてあらゆる人が学ぶきっかけとなることは,布の絵本の普及活動を精力的に行う人たちの願いである 4)。現在,布の絵本は全国の図書館に広まっている。
さわる絵本は,主として絵本を原本として,さわって楽しむ絵本となっている。本の挿絵は様々な材料で作られており,盛り上がった形になる。さわることによって情報を伝達することになるが,場合によっては,理解を助ける支援者も必要となる。具体的には,つるつるやざらざらの感触など,盛り上がった形を通して物語を理解するような工夫がされている。また点字付き絵本もあり,視覚に障害のあるなしに関わらず一緒に楽しむことができる。北欧では特にこのような絵本製作と貸し出しに熱心だ。
布の絵本もさわる絵本も,原本があるものを障害児に提供するために,上述したように,2009年の著作権法改正で図書館などが著作者や出版者の許可なく製作できるようになった。ボランティアについては,上記著作権法施行令では文化庁長官が指定する団体のみであったが,2018年の著作権法改正による施行令で文化庁長官が定めるウェブサイトに登録したグループが許諾なく製作できるようになった。ボランティアにとっては朗報であった。しかし誰でも楽しむものとするなら著作権への配慮が必要だ。その点を考えると,まだ数が少ないが,市販の点字付きさわる絵本が出版されており誰でも使える。点字はわからないけれども,見える子どもたちにとっても「さわる」ということは貴重な体験となり,見えない子どもへの理解が得られる 5)。
7.アクセシブルな映像資料
7.1 字幕・手話付き映像資料
聴覚障害者にとって字幕付き映像資料はアクセシブルな資料となるが,そのためには,字幕は音声情報以外に,誰(話者)の声なのか,声の大きさの意味,そしてセリフ以外の音の字幕化などが行われていなければならない 6)。また字幕を理解しやすくするために,文字の大きさや配列にも配慮をする必要がある。この配慮については,聴覚障害者にだけでなく,知的障害者にも有効と考えられる。その場合,字幕の文章もわかりやすくするとアクセシブルになる。
文章を読むのが苦手で,日常的に手話を使用するろう者の場合,手話付きの映像資料が情報の理解を助ける。その場合は初めからろう者を対象として,話者自身が手話を使用することや,手話通訳者の画面割の配慮などによって音声と手話のテンポの違いが解消され見やすくなる。
7.2 音声解説付き映像資料
映像を単に音声化するだけでなく,場面ごとの限られた時間内に音との重複を避けながら,状況を理解するのに必要な音声解説が付いた映像資料は,視覚障害のある人にとって有効でありアクセシブルと考えられる。アクセシビリティを担保するために,オリジナルの制作者の協力も必要であり,当事者のフィードバックを得ながら作成することが求められる。
8.やさしく読める図書(LLブック)
やさしく読める図書とは,知的障害者や発達障害者など読んで理解することに困難がある人のために,わかりやすく作成しなおした図書である。
発祥地のスウェーデンでやさしく読める図書がLLブックとして普及しているところから日本でもその言葉が使われている。LLは,スウェーデン語では,「LättLäst」といい,英語では,「easy-to read」という。欧米ではこのような資料や本が多く出版されているが,日本では最近になってようやく普及が進んできた。すべての人にアクセスを保証する上で,「読みやすく,かつ,理解しやすい形態」 注2)での提供は有効である。
国際図書館連盟(IFLA-International Federation of Library Associations and Institutions)から出版されているガイドライン 注3)に沿って作成された資料には,文章,デザイン,レイアウトなどの工夫がみられ,また対象物や事象の概念を簡潔な絵で表現した絵による記号であるシンボル(ピクトグラム)を使用することで文字の理解が困難な人の理解を助けている。このようなガイドラインに沿った資料のさらなる普及が望まれる。
なお,アクセシブルな資料の普及においては,紙の本だけでなく,やさしく読めるというコンセプトを持った電子書籍も,LLブックとして機能を果たすと考えられるのでその点も視野に入れるべきである。
9.アクセシブルな電子書籍
9.1 電子書籍のアクセシビリティへの関心の高まり
コロナ禍をきっかけに世界的に図書館の電子書籍サービスに注目が集まった。
日本でも,一般社団法人 電子出版制作・流通協議会の2023年度の事業報告書において「自治体における電子図書館(電子書籍サービス)の普及は,2020年以降の新型コロナウィルスの感染拡大と行政のDX利用促進により,3年間で5倍以上の普及になった」と報告されている。また,この3年間において,読書困難者に向けた電子書籍のアクセシビリティ機能に注目が集まったとのことである 注4)。
また,国立国会図書館が読書バリアフリー基本計画にある「音声読み上げ機能(TTS)等に対応したアクセシブルな電子書籍等を提供する民間電子書籍サービスの図書館における適切な基準の整理等を行い,図書館への導入を支援する」という施策の実現に向けて取り組んだことがあげられる。「図書館におけるアクセシブルな電子書籍サービスに関する検討会」により,国立国会図書館が事務局となり2023年7月19日に「電子図書館のアクセシビリティ対応ガイドライン1.0」 注5)を公開した。本ガイドラインは,電子図書館のウェブサイトとビューアーを対象としているが,今後電子書籍のコンテンツのアクセシビリティを追求したバージョンも期待したい。
また,読書バリアフリー法の施行を受けて,出版界もその対応に取り組むこととなり,ABSC(Accessible Books Support Center)が,「読書困難者の読書環境整備」と「出版者(出版社)のアクセシビリティへの取り組み支援」を目的に,2023年3月一般社団法人日本出版インフラセンター(JPO)の下に設立された。今後,ABSCは,「障害の有無にかかわらず,より多くの方が出版物を活用できる社会の実現を目指し,さまざまな取り組みをするとともに,出版界と障害者の架け橋になることを目指す」とのことなので,出版界をリードするアクセシブルな出版への取り組みを期待している。
上記のようにアクセシビリティへの関心が高まってきた理由としては,障害者差別解消法が2021年に改正,2024年の4月に施行され,合理的配慮の提供義務が民間事業者である出版者にも適用されたことがある。
このようにアクセシブルな出版物あるいはその代替資料の提供義務の履行を技術的に支援すると考えられるDAISY/EPUBについて次に概説する。
9.2 DAISYとは
DAISYは,「アクセシブルな情報システム」と訳されている。視覚障害者の読書のために開発されたが,視覚障害者も墨字の正確な綴りや同音異義語の区別を知る必要があり,音声とテキストの同期技術を活用したことによって,その後マルチメディアDAISYとして視覚障害者を含む幅広い読者を獲得した。現在は,プリントディスアビリティ(通常の印刷物を読むことに障害)のある人々を対象にしたデジタル録音図書の国際標準規格となっている。この規格の開発と維持および普及を担っているのが,現在50国以上の会員を持つDAISYコンソーシアム 7)である。DAISYコンソーシアムは,1996年に国際図書館連盟の盲人セクションの有志によって設立され,河村宏氏(元DAISYコンソーシアム会長)は設立者の1人である。XMLをベースとしたDAISY3は,米国のデジタル録音図書の標準規格(ANSI/NISOZ39.86-2005)として認定された。
日本でのDAISYの導入は,上述の河村氏のイニシアティブにより,世界に先駆けて1998年から行われた 注6)。そして現在,日本では約12万タイトルのDAISY2.02規格のDAISY図書がサピエ図書館を通じてオンラインで利用できる。
DAISY4規格は,製作とデータ変換(Authoring and Interchange)用と配布用の二つの仕様で構成されている。配布用仕様については2011年にEPUB3規格と統合し,DAISYで製作,DAISYのアクセシビリティの機能がすべて含まれるEPUB3で配布される 注7)。その背景には,後記のIDPF(International Digital Publishing Forum)団体の設立以来,DAISYコンソーシアムはその中心メンバーであり,EPUBの開発を先導していたことがあった。そしてDAISYのアクセシビリティの機能を提供し,日本語などの世界的な言語への対応は,DAISYだけではできないのでEPUBと協力してやりたいという意図があった。その結果,DAISYのアクセシビリティの機能がすべて含まれるアクセシブルなEPUB3が開発された 注7)。しかし,EPUB版の電子書籍がすべてアクセシブルであるとは限らない。それについては,9.3.2で述べる。
9.2.1 DAISYの特長とその有効性
DAISY図書は3種類に大別される。音声のみのDAISY図書,構造化されたテキストのみのDAISY図書,テキストや画像の表示と音声の出力を同期させることができるマルチメディアDAISY図書の3種類である。特にマルチメディアDAISYの特長については,2012年に『情報と科学』に寄稿した拙稿「マルチメディアDAISYを活用した電子教科書」 注8)の中で詳細に紹介しているが,その主たる特長と有効性について以下に説明をする。
(1) 音声とテキストと画像の同時表示
読み上げに伴ってテキストがハイライトされるのでどこをよんでいるかがわかり,集中力の助けとなる。
(2) ナビゲーション
紙の書籍と同様に目次と本文があり,目次から文書内の好きな箇所に飛べるため便利である。
(3) 再生ツールによっては以下について調整可能
- 文字の大きさ
- カラーコントラスト等見え方
- 読み上げのスピード
- 読み上げのオンとオフ
- ハイライトのオンとオフ
- 点字による表示の有無
(4) 無償のオープンスタンダード
DAISYは無償の国際標準規格であり,その仕様は公開されているので,技術者なら誰でも製作や再生ツール開発ができる。したがって利用者はパソコン,携帯電話,iPad,専用プレイヤー等の幅広い選択肢から再生ツールを選ぶことができる。
9.3 EPUBとは
EPUBは商業用電子書籍の国際標準として世界的に認知されており,電子書籍の標準化団体であるIDPFにより策定された。DAISYコンソーシアムは,IDPFの前身であるOEBF(Open eBook Forum)の設立から積極的に関っている。その結果,EPUB2は,DAISYが開発したNCX 注9)を取り入れている。また,DAISYコンソーシアムは,EPUB3のリリースにも多大な貢献をした。そして,上述したようにEPUB3は,DAISY4の配布仕様としてDAISYのアクセシビリティが含まれた。この規格においては,日本語組み版機能(縦組み,段組み,行末の揃え,禁則,ルビなど)がサポートされており,日本でのニーズに応えられている。
9.3.1 EPUBによる電子書籍とウェブの技術の融合
2017年には,IDPFがW3C(World Wide Web Consortium)に統合され,W3CがEPUBの開発を開始した。この背景には,EPUB版電子書籍の機能は,ウェブの技術(HTMLやCSSなど)を用いて,実現されていることにあった。
それに伴って,EPUBアクセシビリティの活動は,W3Cが策定・推進するウェブ・アクセシビリティの活動に統合された。
この統合について,DAISYコンソーシアムで技術面をリードし,IDPF会長も兼ねていたジョージ・カーシャー氏は,次のようにコメントしている 注10)。
「双方の組織を統合することで,技術とコンテンツが協調・融合していくことが容易になってきている。ウェブ上でもオフラインでも,全ての利用形態における出版活動が,自然でアクセシブル,かつデバイスに縛られないようなコンテンツになっていく未来に手が届くスピードが加速される。」
9.3.2 アクセシブルなEPUB規格に向けて
ファイルフォーマットがEPUB規格でさえあれば,アクセシブルな電子書籍であるとは言えない。電子書籍ファイルフォーマットであるEPUBを国内の電子書籍の多くが採用してきているが,アクセシビリティが十分ではないEPUB電子書籍も存在している。そこでEPUB電子書籍をアクセシブルにするために作成された規格が,EPUBアクセシビリティである。
9.3.3 EPUBアクセシビリティ規格について
EPUBアクセシビリティ1.0は,日本から国際標準規格化を提案し,2021年にISO/IEC 23761として国際標準規格となった。これに対応する日本産業規格(JIS X 23761)も日本DAISYコンソーシアム技術委員会 8)の協力により2022年に発行された 注11)。これにより,EPUB電子書籍のアクセシビリティのレベルが明示できるようになり,電子書籍のアクセシビリティをメタデータとして開示し,視覚障害者や発達障害者などの利用者がそれぞれ読書に必要とするアクセシビリティ要件を満たす出版物かどうかをチェックできる仕組みが作られたのである。
現在は,EPUBアクセシビリティ1.1がリリースされ,そのISO化と早急なJIS化が望まれている。
日本DAISYコンソーシアムは,EPUBアクセシビリティを推進するために,縦書き,ルビ等の日本語固有のアクセシビリティとそれを利用者に告知するためのメタデータを広く普及したいと考えている。このような最新のEPUBアクセシビリティの普及を出版界および図書館界と協力して推進するために,国の強力な政策的支援を期待している。
10.アクセシブルな資料とユニバーサルデザイン
障害者のみに提供できるアクセシブルな資料の中には,障害者でなくても有効なものがある。たとえば,大活字図書,布の絵本,さわる絵本,LLブック,字幕付き映像資料,マルチメディアDAISY資料などだ。しかし,誰でも使えるためには,著作権処理が必要である。
最初からユニバーサルデザインに考慮したアクセシブルな出版であれば,誰でも活用できる。そのような取り組みも少しずつでてきているが,さらにアクセシビリティにむけた国の政策や法律の後押しが必要であると考える。
また,ユニバーサルデザインの観点から電子書籍については,最初からアクセシブル(ボーンアクセシブル)なコンテンツの出版が望ましいと考える。そして,ボーンアクセシブルなコンテンツが多くの人がアクセスできるユニバーサルデザインであるならば,そこには,障害の特性に応じた支援機器および技術との連携も必須である。
11.アクセシブルな資料の入手
これまでに述べた資料以外にも障害者の個々のニーズに合ったアクセシブルな資料があり,その詳細は日本図書館協会障害者サービス委員会のページにある「障害者サービス用資料の購入・入手先一覧」 注12)で確認可能である。本ページには資料の入手先もあるので活用をしてほしい。
12.おわりに
様々なアクセシブルな資料について論じてきたが,情報と知識,そして文化を障害の有無と無関係に誰でも享受できることを保証するシステムを構築することが望まれる。そのためには,たとえば上述したように最初からボーンアクセシブルなコンテンツの出版が望ましい。
さらに,アクセシブルな電子図書館による貸出と電子書店による販売においては,コンテンツのアクセシビリティの確保と共に,電子書籍ビューアーやオンライン提供サイトのアクセシビリティ,そしてアクセシビリティを阻害しない著作権管理システム(DRM)の実装などの基礎的環境整備が求められる 注13)。
このような読書バリアフリーを目指す環境整備を前提として,それが実現するまでの間にも,利用者の求めに応じた合理的配慮の提供と,利用者自身の支援技術の活用によって個々の読書バリアを除去する努力が必須である。読書バリア解消のために行われる,国,出版界,電子書籍サービスを提供する企業,図書館,読書に障害がある人々およびその団体,ボランティアなどの活動が,相互の理解と連携をもって進められることを切に望む。
これらの理由から,視覚障害者等の読書環境の整備の推進に係る関係者協議会,および,DAISY/EPUB規格に関係する動きについて,特に注視していきたい。
注・参照文献
注1) 点字ディスプレイは,PCに接続して点字が表示できる機器で,主にスクリーンリーダーが音声とともに点字を出力するために使用される。
“製品紹介 点字ディスプレイ”.ケージーエス.https://www.kgs-jpn.co.jp/archives/welfare-products-category/braille-display, (参照2024-07-29)
注2) 障害者権利条約第9条で謳われている。
“日本の安全保障と国際社会の平和と安定 障害者の権利に関する条約”.外務省.
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_000899.html, (参照2024-07-29)
注3) 野村 美佐子他.“読みやすい図書のためのIFLA指針改訂版”,日本図書館協会,2012,59p.
https://www.ifla.org/wp-content/uploads/2019/05/assets/hq/publications/professional-report/120-ja.pdf, (参照2024-07-29)
注4) 電子図書館の導入数は2020年1月の99自治体から,2023年1月1日現在は534自治体が導入とこの3年間で5倍以上の普及となったとの報告がある。
“令和5年度(第14期)事業報告書”.一般社団法人 電子出版制作・流通協議会.2024.
https://aebs.or.jp/pdf/R05_BusinessReport.pdf, (参照2024-07-29)
注5) “電子図書館のアクセシビリティ対応ガイドライン1.0”.国立国会図書館.2023.
https://www.ndl.go.jp/jp/support/guideline.html, (参照2024-07-09)
注6) 日本障害者リハビリテーション協会が厚生省(現在の厚生労働省)補正予算事業により,デイジーの全国的な導入が行われた。本事業の統括は,当時情報センター長および国際部長であった河村氏が担当した。
厚生省(現在の厚生労働省)補正予算事業の取り組みについて.障害保健福祉研究情報システム.
https://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/activities/hoseiyosan.html, (参照2024-08-29)
注7) 河村宏.“EPUB3とDAISYの連携による可能性”.障害保健福祉研究情報システム.
https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/daisy/120205daisy_symp/symp07.html, (参照2024-08-29)
注8) 野村美佐子.情報サービスとユニバーサルデザイン-マルチメディアDAISYを活用した電子教科書.情報の科学と技術,2012,vol.62,no.5,p.203-208.
注9) NCXは,ナビゲーションコントロールセンターといい,DAISY3のナビゲーションと同じ機能を持つ。
注10) “W3CとIDPF正式統合-出版の未来形を描くロードマッピング”.W3C.2017.
https://www.w3.org/ja/press-releases/2017/idpf-w3c-combination/, (参照2024-07-29)
注11) 経済産業省は2022年8月22日に,EPUB電子書籍のアクセシビリティを評価する日本標準規格(JIS X 23761)の制定を発表した。
“電子書籍フォーマットEPUBのアクセシビリティに関するJIS制定”.経済産業省.2022-08-22.
https://www.meti.go.jp/press/2022/08/20220822001/20220822001-2.pdf, (参照2024-07-29)
注12) 障害者サービス用資料についてその詳細が以下から確認できる。
① “障害者サービス用資料の購入・入手先一覧”.日本図書館協会.
http://www.jla.or.jp/portals/0/html/lsh/shiryolist.html, (参照2024-07-29)
② “著作権法第37条第3項ただし書該当資料確認リスト(2024年6月5日現在)販売している出版社等の一覧”.日本図書館協会.
https://www.jla.or.jp/library/gudeline/tabid/859/Default.aspx, (参照2024-07-29)
注13) 河村 宏.令和5年度 第109回全国図書館大会岩手大会障害サービス分科会発表資料.日本図書館協会,2024.
1) “DAISYとは”.障害保健福祉研究情報システム.
https://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/index.html, (参照2024-07-29)
2) “視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(読書バリアフリー法)概要”.文部科学省.
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/09/19/1421444_2.pdf, (参照2024-08-31)
3) 日本図書館協会障害者サービス委員会・著作権委員会.障害者サービスと著作権法第2版.日本図書館協会,2021,151p.
4) 渡辺 順子.広がり深まる布の絵本の世界―人権・環境・平和の願いをこめて.東京布の絵本連絡会,2014,63p.
5) “点字つきさわる絵本について”.偕成社.
https://www.kaiseisha.co.jp/news/22082, (参照2024-08-31)
6) “聴覚障害者向け字幕”.社会福祉法人聴力障害者情報文化センター.
http://www.jyoubun-center.or.jp/video/caption/, (参照2024-07-29)
7) “DAISY Consortium”.
https://daisy.org/, (参照2024-07-29)
8) “日本DAISYコンソーシアム”.日本DAISYコンソーシアム技術委員会.https://www.japandaisy.org/33, (参照2024-07-29)
野村美佐子.すべての人の読書を支えるアクセシブルな資料.情報の科学と技術.2024,vol. 74,no. 10,p. 413-418. https://doi.org/10.18919/jkg.74.10_413